名古屋地方裁判所 昭和56年(ワ)3508号 判決 1984年6月04日
原告
浅井績
右訴訟代理人
佐治良三
太田耕治
建守徹
渡辺一平
被告
千代田火災海上保険株式会社
右代表者
川村忠男
右訴訟代理人
内河恵一
鈴木次夫
主文
一 被告は原告に対し、金一九六四万七七〇〇円の限度において、金七八三万円及び内金六八三万五〇〇〇円に対する昭和五四年一〇月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は原告に対し、金一九六四万八二〇〇円の限度において、金七六二万五〇〇〇円及び内金六六三万円に対する昭和五四年一〇月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文第一ないし第三項と同旨の判決及び仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
(関係者の身分関係)
1 訴外亡浅井かおり(以下かおり」という。)は原告の妻であり、同亡浅井統(昭和五〇年二月一四日生。以下「統」という。)及び同亡浅井慈(昭和五二年九月二八日生。以下「慈」という。)は原告とかおりとの間の子である。同八田武司及び同八田しな(以下右両名を「武司ら」という。)はかおりの父母である。
(交通事故の発生)
2 かおりは、昭和五四年一〇月二〇日午後一一時一〇分ころ、普通乗用自動車(トヨタカローラ、三河五六せ七九五九。以下「本件自動車」という。)を運転して愛知県東加茂郡旭町大字時瀬字城山一番地の二先道路(県道大野瀬小渡線)を東方(大野瀬方面)から西方(豊田市方面)に向かつて進行中、カーブ地点のガードレール未設置部分から右道路の右側約三〇メートル下方を流れている矢作川に転落し、同乗していた統(当時四歳)及び慈(当時二歳)と共に死亡した(以下「本件事故」という。)。
(本件自動車の保有関係)
3(一) 本件自動車の所有名義人は原告であり、原告は本件自動車の保有者である。
(二) しかし、本件自動車は、生前養護教諭として豊田市立平井小学校に勤務していたかおりが毎日通勤に利用していたものであり(かおりは、従前普通乗用自動車コンソルテを通勤に使用していたが、昭和五四年九月ころ、これを本件自動車に買い換えた。)、原告は、本件自動車とは別に普通乗用自動車(トヨタパブリカ、三河五七ち八〇〇九)を昭和五三年一〇月三日に購入し、本件事故当時これを所有使用していたもので、本件自動車を使用することは皆無に等しい状態であつた。
従つて、かおりも、本件自動車につき運行支配・運行利益を有する者として、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」で、かつ同法二条三項の「保有者」であるというべきである。
(関係者の相続関係)
4(一) 統及び慈は、本件事故当時四歳と二歳であり、単なる同乗者にすぎないから、自賠法三条にいう「他人」に当たるというべきである。従つて、統及び慈は、本件事故による生命侵害に関する損害につき、本件自動車の保有者である原告とかおりに対し損害賠償請求権を取得した。
(二) ところで、本件については、かおり、統及び慈について同時死亡の推定に関する民法三二条の二の適用があるので、かおりと統及び慈とは相互に相続関係に立たない。従つて、右(一)の統及び慈の原告とかおりに対する損害賠償請求権は民法八八九条の適用により、直系尊属である原告が全部これを相続した。その結果、右(一)の統及び慈の損害賠償請求権のうち原告に対するそれは、民法五二〇条の適用により債権債務の混同を生じて消滅した。
(三) ところで、右(一)の原告とかおりの統及び慈に対する損害賠償債務は、各自の立場において別個に生じ、ただ同一損害の填補を目的とする限度において関連するものであつて、いわゆる不真正連帯の関係に立ち、そして、不真正連帯債務の債務者相互間には、右の限度以上の関連性はないのであるから、債権を満足させる事由以外には債務者の一人について生じた事由は、他の債務者に効力を及ぼさない。従つて、右(一)の統及び慈の損害賠償請求権のうちかおりに対するそれは、右(二)の原告に対するそれの混同による消滅にもかかわらず存続する。
(四) そして、かおりの右損害賠償債務は可分債務であるから、民法八八九条、八九〇条及び九〇〇条(昭和五五年法律第五一号による改正前のもの)の適用により、原告と武司らがそれぞれ二分の一の割合でこれを相続した。その結果、原告のかおりに対する損害賠償請求権は、民法五二〇条の適用により二分の一の範囲で債権債務の混同を生じて消滅した。従つて、原告はかおりの相続人である武司らに対し、右損害賠償請求権のうち二分の一のそれを有している。
(原告固有の損害賠償請求権)
5(一) 原告とかおりは共同運行供用者であるが、本件自動車はかおりが毎日通勤用に使用していたものであるのみならず、本件事故はかおりの運転中に発生したものであつて、かおりは運転者であり、危険物たる本件自動車の運行により生ずべき危険を回避すべく期待され、またそのことが可能である立場にいたのに対し、原告は、運行供用者であるといつても、本件事故当時本件運行によつて生ずべき危険を回避すべき手段は全くなく、わずかに、かおりに対し日ごろ抽象的一般的注意等を与えることによつてのみ本件自動車による事故発生を防止できる立場にしかなかつたものであるから、原告の本件自動車ないし本件運行に対する運行支配・運行利益は、かおりの本件自動車ないし本件運行に対するそれに比し、その程度態様において間接的潜在的抽象的であつたというべきである。従つて、原告はかおりとの関係では自賠法三条にいう「他人」に当たり、保有者であるかおりに対し、統及び慈の死亡に基づく民法七一一条所定の遺族固有の損害賠償請求権(これには、慰謝料の他、原告の支出した葬儀費用・雑費を含む。)を取得したものである。
(二) かおりの右損害賠償債務も可分債務であり、その相続関係は右4(四)と同様であるから、原告はかおりの相続人である武司らに対し右損害賠償請求権のうち二分の一のそれを有している。
(被告の責任)
6(一) 被告は、昭和五三年九月一九日、訴外岩月富士との間で、本件自動車を目的とし、保険金額を二〇〇〇万円、保険期間を同年一〇月二八日から昭和五五年一〇月二八日までとする自動車損害賠償責任保険契約を締結した。従つて、被告は、自賠法一一条により、かおりが本件自動車の保有者として負担し、武司らが相続した右4(四)及び5(二)の損害賠償債務を填補する義務がある。
(二) そして、自賠法一六条によれば、被害者は保険会社に対し、保険金額の限度において損害賠償額の支払を請求することができるから、同条にいう「被害者」である統及び慈の相続人であり、かつ、自らも同条にいう「被害者」である原告は、武司らに対する損害賠償請求権に基づいて、直接被告に対し損害賠償額の支払を請求することができる。
(損害額)
7 本件事故により原告の被つた損害は、次のとおりである。
(一) 統関係 六八三万五〇〇〇円
(1) 相続した統の損害
(イ) 逸失利益 一一一七万円
全年令平均給与額は年間で一二六万三六〇〇円(月額一〇万五三〇〇円を一二倍したもの)、就労可能年数は一八歳から六七歳までの四九年で新ホフマン係数は17.678、生活費控除は収入の二分の一で計算した。
(ロ) 慰謝料 一〇〇万円
親族間事故につき、通常の場合の半額とした(以下、慰謝料については同様である。)。
(2) 原告固有の損害
(イ) 葬儀費用 三五万円
(ロ) 慰謝料 一五〇万円
(ハ) 雑費 二三〇〇円
(3) 現在額
以上の合計額は一四〇二万二三〇〇円であるが、右(2)(イ)(ハ)については被告から支払を受けているので、現在の残額は一三六七万円であるところ、右4(四)及び5(二)で述べたとおり、そのうちの二分の一は混同により消滅しているので、最終的な残額は六八三万五〇〇〇円となる。
(二) 慈関係 六六三万円
(1) 相続した慈の損害
(イ) 逸失利益 一〇七六万円
計算は、新ホフマン係数を除いて統の場合と同様であり、新ホフマン係数は17.024である。
(ロ) 慰謝料 一〇〇万円
(2) 原告固有の損害
(イ) 葬儀費用 三五万円
(ロ) 慰謝料 一五〇万円
(ハ) 雑費 一八〇〇円
(3) 現在額
以上の合計額は一三六一万一八〇〇円であるが、右(2)(イ)(ハ)については前同様被告から支払を受けているので、現在の残額は一三二六万円であるところ、前同様そのうちの二分の一は混同により消滅しているので、最終的な残額は六六三万円となる。
(三) 弁護士費用 一九九万円
原告は、本訴の提起追行を原告訴訟代理人に委任するにあたり、統及び慈の関係で、日本弁護士連合会の定める報酬基準に従つて計算した着手金及び報酬として各九九万五〇〇〇円を支払うことを約した。これら弁護士費用合計一九九万円は本件事故と相当因果関係に立つ損害である。
(四) まとめ
以上によれば、原告の被つた損害は、統関係では、右(一)の六八三万五〇〇〇円及び(三)の弁護士費用九九万五〇〇〇円の合計七八三万円であり、慈関係では、右(二)の六六三万円及び(三)の弁護士費用九九万五〇〇〇円の合計七六二万五〇〇〇円である。
よつて、原告は被告に対し、自賠法一六条一項に基づき統関係では、保険金残額一九六四万七七〇〇円(二〇〇〇万円から前記既払分三五万二三〇〇円を控除した額)の限度において、七八三万円及び内金六八三万五〇〇〇円に対する本件事故の翌日である昭和五四年一〇月二一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、また慈関係では、保険金残額一九六四万八二〇〇円(二〇〇〇万円から前記既払分三五万一八〇〇円を控除した額)の限度において、七六二万五〇〇〇円及び内金六六三万円に対する右昭和五四年一〇月二一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を各求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は知らない。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は、(一)を認め、(二)は争う。
4 同4の事実は、(一)及び(二)を認め、その余は争う。
共同運行供用者である原告とかおりは夫婦の関係にあり、しかも、本件運行は、原告が宿直、かおりが公務出張ということで、子供達を原告の実家に預ける必要が生じ、右両名の合意に基づいてなされたものであるから、その結果生じた本件事故により発生した双方の債務は、主観的共同関係にあるというべきであり、連帯債務と同一に論ずべきものである。従つて、かおりの統及び慈に対する損害賠償債務は、民法四三八条の適用ないし準用により、原告の統及び慈に対するそれが混同によつて消滅したことに伴つて消滅したというべきである。
5 同5の主張はすべて争う。
原告とかおりは、本件自動車ないし本件運行につき、その程度態様において同等の運行支配・運行利益を有していたものである。すなわち、本件自動車は原告とかおりが共同使用する目的のもとに原告名義で購入されたものであり、その代金は原告が支出し、本件自動車にかかる経費も原告が負担していた。そして、本件運行は、原告が宿直、かおりが公務出張で、子供達を原告の実家に預ける必要が生じ、たまたまかおりが運転したものであるから、原告も本件運行によりかおりと同等の利益を受けており、また、原告はかおりの運行に対し一定の注意指示を与えていたことが確認されるから、かおりと同等の運行支配を有していたものである。
6 同6の事実は、(一)を認め、(二)は争う。
7 同7の事実は、七〇万四一〇〇円の既払を認め、その余は争う。
第三 証拠関係<省略>
理由
一<証拠>によれば、請求原因1の事実(関係者の身分関係)を認めることができ、請求原因2の事実(交通事故の発生)は当事者間に争いがない。
二請求原因3の事実(本件自動車の保有関係)のうち、本件事故当時、原告が本件自動車の所有名義人としてその運行の支配と利益を有する保有者であつたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、原告は、昭和五四年九月中旬ころ、愛知県豊田市荒井町四三五に住む魚澄邦勝から本件自動車を月賦購入し、購入代金を支出し、ガソリン代・修理費・車庫代などの費用も負担していたこと、しかし、本件自動車は、生前小学校の養護教諭をしていたかおりが通勤用に使用していた普通乗用自動車トヨタスターレットを下取りしてもらいその代わりに購入したもので、かおりは、同年同月末の納車以来、毎日本件自動車を使用して勤務先である豊田市立平井小学校に通勤していたこと、これに対し原告は、本件自動車の購入に先立つ昭和五三年一〇月三日、普通乗用自動車(登録番号三河五七ち八〇〇九。車名トヨタパブリカ。)を購入済みで、本件事故当時これを所有し使用していたため本件自動車を使用することはほとんどなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。以上の事実によれば、本件自動車はかおりが通勤に使用するために購入され、現実にも、かおりがいわば専用的に通勤に使用していたものであるから、かおりは本件事故当時原告と並んで本件自動車につき運行の支配と利益を有する保有者であつたというべきである。
三以上によれば、原告とかおりは共に運行供用者であるから、その運行により「他人」の生命又は身体を害したときは、それぞれこれによつて生じた損害を賠償する責任があるといわなければならない。そして、請求原因4の事実のうち、統及び慈が、本件事故当時四歳と二歳の幼児であり単なる同乗者にすぎないことは、当事者間に争いがないから、統及び慈は自賠法三条にいう「他人」に当たるというべく、従つて、統及び慈は、本件自動車の運行供用者である原告とかおりに対し、本件事故に基づく損害賠償請求権を取得したものである。
四そこで、右損害賠償請求権の相続関係についてみると、前記一で述べたとおり、統及び慈の相続人は直系尊属である原告とかおりだけであるが、かおり、統及び慈は本件事故により共に死亡し、死亡の前後が明らかではないから、かおりと統及び慈については、同時死亡の推定に関する民法三二条の二の適用があり、相互に相続関係に立たないこととなり、右損害賠償請求権は、民法八八九条の適用により原告が全部これを相続したこととなる。
その結果、原告の統及び慈に対する損害賠償債務は、民法五二〇条の適用により債権債務の混同を生じて消滅したこととなる。
ところで、前記のとおり、原告とかおりは共に本件自動車の運行供用者であり、統及び慈に対して本件事故に基づく損害を賠償する責任があるものであるが、右両名の責任は、各自の立場において別個に生じ、ただ同一損害の填補を目的とする限度において関連するにすぎないものであつて、いわゆる不真正連帯の関係に立つものと解するのが相当であり(最高裁昭和四八年一月三〇日判決判例時報六九五号六四頁)、このように解することが強制保険制度を採用し、運行供用者の範囲を広く認めて交通事故による損害の填補を確保し、もつて被害者の救済を図ろうとしている自賠法の趣旨に合致するものである。そして、不真正連帯債務の債務者相互間には、右に述べた限度以上の関連性はないのであるから、債権を満足させる事由以外には債務者の一人について生じた事由は他の債務者に効力を及ぼさないものというべく、連帯債務に関する民法四三八条の適用はないものと解するのが相当である。従つて、かおりの統及び慈に対する損害賠償債務は、原告の統及び慈に対するそれの混同による消滅にもかかわらず存続するものというべきである。
なお、この点につき、被告は、原告とかおりが夫婦の関係にあること、しかも本件運行が右両名の合意に基づいてなされたことを理由に、民法四三八条の適用ないし準用を主張するけれども、前記自賠法の被害者保護の趣旨に照らし、仮に被告主張の右事実を前提としても、右と別異に解する理由はなく、被告の主張は採用することができない。
五以上によれば、原告はかおりに対し、本件事故に基づく統及び慈の死亡による損害の賠償請求権を有する。そこで、右損害賠償債務の相続関係についてみるに、右債務は可分債務であるから、民法八八九条、八九〇条及び九〇〇条(但し、昭和五五年法律第五一号による改正前のもの)の適用により、配偶者である原告と直系尊属である武司らがそれぞれ二分の一ずつこれを相続したから、原告のかおりに対する右損害賠償請求権は、民法五二〇条の適用により二分の一の範囲で債権債務の混同を生じて消滅したこととなる。
以上によれば、原告は武司らに対し、本件事故に基づく統及び慈の死亡による損害の賠償請求権(但し、損害額の二分の一)を有しているというべきである。
六次に原告の固有の損害賠償請求権(請求原因5)について判断するに、原告は、本件事故により死亡した統及び慈の父として、加害者であるかおりに対し、民法七一一条による固有の損害賠償請求権を有するが、原告の本訴請求は、自賠法三条に基づく請求であるから、これが認められるためには、原告が同法三条の「他人」に当たることが必要である。通常、自賠法三条にいう「他人」とは「当該自動車の運行供用者及び運転者(運転補助者を含む。)を除くそれ以外の者」をいうと解され、運行供用者及び運転者が「他人」から除外されているのは、通常の場合、これらの者は危険物たる自動車の運行を事実上支配管理し、運行から生ずる危険を防止すべく期待され、またそれが可能な地位にあるからである。しかし、運行供用者が複数存在し、そのうちのある者が被害を受けたという例外的な場合においては、これらの者の間に、車に対する運行支配ないし事故当時の具体的運行に対する支配の程度態様に種々の差異があることから、被害を受けた者の他人性を一律に否定することは妥当でなく、自賠法における被害者保護の要請及び前記運行供用者を他人から除外した趣旨から具体的に検討すべきである。そして、被害を受けた運行供用者の車に対する運行支配ないし事故当時の具体的運行に対する支配が、賠償義務者とされた運行供用者に比し、直接的顕在的具体的であれば、前記運行供用者を「他人」から除外した趣旨により、被害者たる運行供用者は自賠法三条にいう「他人」から除外されるのが相当であるけれども、右とは逆に、被害を受けた運行供用者のそれが賠償義務者とされた運行供用者に比し、間接的潜在的抽象的であるときは、たとえ対外的には共同運行供用者として賠償責任を負う場合であつても、対内的な関係すなわち直接的顕在的具体的な運行供用者に対する関係では、自賠法三条にいう「他人」から除外されないものというべきであり、このように解するのが自賠法の被害者保護の要請に合致するものと思われる。
そこで、右の見地から、本件の共同運行供用者である原告とかおりの本件自動車に対する運行支配ないし事故当時の具体的運行に対する支配の程度態様を検討する。
原告とかおりの本件自動車に対する通常の運行支配の程度・態様は前記二で認定したとおりであり、また、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時かおりの本件自動車の運行については、かおりから事前には何らの連絡も受けておらず、昭和五四年一〇月二一日朝足助警察署から自宅への本件事故の電話連絡により初めて本件運行を知つたことが認められ、そして当事者間に争いのない請求原因2の事実(交通事故の発生)を併せれば、本件事故はかおりが本件自動車を運転中に発生したもので、かおりは、運転者として、本件自動車の運行から生ずべき危険を回避すべく期待され、またそのことが可能である立場にいたのに対し、原告は、かおりの本件運行を知らなかつたものであるから、本件事故当時の本件自動車の具体的運行から生ずべき危険を回避すべく期待され、またそれが可能な立場にいたとはいうことができず、原告の事故当時の具体的運行に対する支配の程度態様も、かおりの事故当時の具体的運行に対するそれに比し、明らかに間接的潜在的抽象的であつたということができる。
なお、この点につき、被告は、当時かおりの公務出張と原告の宿直のため子供達を原告の実家に預ける必要が生じ、たまたまかおりが本件自動車を運転したものにすぎないから、原告とかおりの事故当時の本件自動車の具体的運行に対する支配の程度態様は同等である旨主張し、成立に争いのない乙第一号証には被告主張事実に添う記述がある。しかし、右事実があつたとしても、必ずしも右結論を左右するものではないし、原告本人尋問の結果によれば、原告は、かおりが勤務先である豊田市立平井小学校の二泊三日の野外学習に参加し、昭和五四年一〇月一八日の夜は不在となることから、わざわざ当初の宿直日である同日を同月二〇日に変更し、両名とも不在とならないように配慮したものであること、原告とかおりは共働きであつたため、仕事のある日は自宅から五〇〇メートル位離れたところにある北村宅で子供達の面倒をみてもらつていたところ、かおりは、同月二一日には愛知県歯科医師会館で行なわれる全国学校保健大会に出席する予定でいたが、同日は日曜日であつて、北村宅で子供達の面倒をみてもらえないため、原告に対し同日は朝早く帰つてきて欲しい旨頼んでいたことを認めることができ、右の事実によれば、原告もかおりも子供達を原告の実家に預けることのないように配慮努力していたものと認められる。また、<証拠>によれば、原告の両親の浅井善治、浅井キヨ子は、原告の本籍地である愛知県東加茂郡旭町大字伊熊字押手洞一番地に当時居住していたこと、原告の自宅から原告の実家まで自動車で三〇分ないし四〇分程度時間がかかること、かおりは、昭和五四年一〇月二〇日午後一一時一〇分ころ、原告宅とも原告の実家とも全く掛け離れた本件事故現場付近を、原告の実家とは反対方向である豊田市方面に向かつて、子供達を乗せて本件自動車を運転走行させていて本件事故を惹起したこと、原告は、かおりから本件運行につき何らの連絡も受けておらず、原告の実家にもかおりも子供達も当日は全然来ておらず何の連絡も入つていないことを認めることができ、前記乙第一号証は原告の推測を記載したものであつて右認定を覆すに足りず、他にはこれを覆すに足りる証拠はない。以上の事実を前提とすると、本件運行が子供達を原告の実家に預けるためになされたものと認めるには躊躇せざるを得ず、それは、原告が供述するように推測の域にとどまるものというべく、結局、本件運行の目的が何であつたかについては不明という他はない。従つて、被告の前記主張はいずれにしても採用することができない。
以上によれば、原告は、共同運行供用者の一方であるかおりに対しては自賠法三条の「他人」であることを主張することができ、かおりに対し、統及び慈の死亡に基づく民法七一一条所定の遺族固有の損害賠償請求権を取得し、これを自賠法三条に基づいて請求することができる。なお、右損害賠償請求権には、慰謝料の他、原告の支出した葬儀費用及び雑費をも含むものと解するのが相当である。
かおりの原告に対する右損害賠償債務の相続関係は、前記五で述べたと同様であり、原告は武司らに対し、統及び慈の死亡に基づく民法七一一条所定の固有の損害賠償請求権(但し、損害額の二分の一)を有しているものというべきである。
七請求原因6(一)の事実(被告の責任)は当事者間に争いがないから、被告は、自賠法一一条の適用により、本件自動車の保有者であるかおりが負担し、その直系尊属である武司らが相続した前記五及び六の損害賠償債務を填補する義務があるものというべく、そして、自賠法一六条によれば、被害者は保険会社に対し、直接保険金額の限度において損害賠償額の支払を請求することができるから、自賠法一六条にいう「被害者」である統及び慈の相続人であり、かつ、自らも自賠法一六条にいう「被害者」に当たる原告は、前記五及び六の武司らに対する損害賠償請求権に基づいて、保険会社である被告に対し、直接損害賠償額の支払を請求することができるものといわなければならない。
そこで、損害額について検討する。
1 統関係
(一) 相続した統の損害 七七八万九九六五円
(1) 逸失利益 一四五七万九九三〇円
統は、本件事故当時四歳の幼児であつたから、年収については昭和五七年度の賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計の旧中・新高卒の初任給固定方式を採用し、就労可能年数は一八歳から六七歳までの四九年、生活費控除は収入の二分の一として、年別のホフマン式により年五分の中間利息を控除して算定するのが相当である。これによると、統の逸失利益は次のとおり一四五七万九九三〇円となる。
12万8500円×12+10万7500円=164万9500円
164万9500円×0.5×17.678=1457万9930円
(2) 慰謝料 一〇〇万円
(3) 以上の合計額は一五五七万九九三〇円であるから、原告が相続した統の損害は、その二分の一にあたる七七八万九九六五円となる。
(二) 原告固有の損害 九二万六一五〇円
(1) 葬儀費用 三五万円
(2) 慰謝料 一五〇万円
(3) 雑費 二三〇〇円
(右(1)、(3)は弁論の全趣旨により認める。)
(4) 以上の合計額は一八五万二三〇〇円であるから、原告固有の損害は、その二分の一に当たる九二万六一五〇円となる。
2 慈関係
(一) 相続した慈の損害 七五二万〇二七二円
(1) 逸失利益 一四〇四万〇五四四円
慈は、本件事故当時二歳の幼児であつたから、年収については統と同様昭和五七年度の賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計の旧中・新高卒の初任給固定方式を採用し、就労可能年数は一八歳から六七歳までの四九年、生活費控除は収入の二分の一とし、年別のホフマン方式により年五分の中間利息を控除して算定するのが相当である。これによると、慈の逸失利益は次のとおり一四〇四万〇五四四円となる。
12万8500円×12+10万7500円=164面9500円
164万9500円×0.5×17.024=1404万0544円
(2) 慰謝料 一〇〇万円
(3) 以上の合計額は一五〇四万〇五四四円であるから、原告が相続した慈の損害は、その二分の一に当たる七五二万〇二七二円となる。
(二) 原告固有の損害 九二万五九〇〇円
(1) 葬儀費用 三五万円
(2) 慰謝料 一五〇万円
(3) 雑費 一八〇〇円
(右(1)、(3)は弁論の全趣旨によつて認める。)
(4) 以上の合計額は一八五万一八〇〇円であるから、原告固有の損害は、その二分の一に当たる九二万五九〇〇円となる。
3 以上によれば、統関係の損害は八七一万六一一五円、慈関係の損害は八四四万六一七二円であるところ、原告固有の損害に対し、被告からいずれも葬儀費用及び雑費として、統関係で三五万二三〇〇円、慈関係で三五万一八〇〇円の支払がなされたことは当事者間に争いがないから、結局、統関係の損害は八三六万三八一五円、慈関係の損害は八〇九万四三七二円となる。
4 弁護士費用については、本訴に至る経緯、事件の難易、本訴訟における経過等を総合考慮し、一〇〇万円をもつて本件事故と相当因果関係に立つ損害と認め、その内訳は統及び慈の各関係で五〇万円とする。
九以上によれば、原告の本件事故による損害賠償債権残額は、統関係では、右八3の八三六万三八一五円及び八4の弁護士費別五〇万円の合計八八六万三八一五円及びこれに対する本件事故の日である昭和五四年一〇月二〇日から完済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金、慈関係では、右八3の八〇九万四三七二円及び八4の弁護士費用五〇万円の合計八五九万四三七二円及びこれに対する右本件事故の日から完済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金となるところ、原告の本訴請求は、統及び慈の各関係とも、右損害賠償債権残額の範囲内であり、かつ、被告の負担する保険金残額の限度において支払を求めるものであるから、これをすべて正当として認容すべきものである。
一〇以上の次第であるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。
(浅野達男 岩田好二 田島清茂)
〔訂正〕
本誌五三五号二八一頁一段目事件表示にある東×京×地裁昭五三(ワ)第一八九号は、横○浜○地裁の誤りにつき、訂正させていただきます。